全国有数の陶磁器である波佐見焼の生産地に拠点を置く株式会社岩嵜紙器。先代の後を継いでまもない新社長は、先細りしていく未来が見える承継したばかりの事業に危機感を抱いていました。
しかし、さまざまな困難を乗り越えた末に導き出した新たな事業は、飛躍する未来を手に入れることとなりました。コロナ禍でも過去最高売上を更新した岩嵜紙器様の歩みと事業領域の見直し方について経営コンサルタントとして伴走支援を行ったIGブレーンがご紹介します。
概要と抱える課題
会社名:株式会社岩嵜紙器
URL:http://total-package.jp/
住所:長崎県東彼杵郡波佐見町田ノ頭郷201−1
業種:紙製容器の製造会社
商圏:全国
業務内容:厚手の紙材を用いた箱状の包装容器が主要商品のパッケージメーカー
先細りすることが見えていた既存事業の未来
もともと同社は、社長の祖父が波佐見焼を包装する資材が藁から紙に切り替わるタイミングで、陶磁器専門の箱屋として設立されました。高度経済成長とともに出荷数が増加していき、事業は順調に拡大していきました。
しかし時代が進むにつれて、事業環境に大きな変化が生じはじめました。ひとつは、消費者ニーズの多様化を受けて、パッケージの種類が増えた点です。その結果から、多品種小ロットの生産に対応せざるを得なくなっていったのです。
もうひとつは、地元で生産される陶磁器の出荷が減少した点です。1980年のピークと比較すると、市場規模は5分の1まで縮小していたのです。このまま、陶磁器専門のパッケージメーカーとして事業を続けても先細りする未来が目に見えていました。
波佐見焼の包装事業に依存していたことから、自社の運命は地元の陶磁器業界の浮沈にかかっている。当時の状況に社長は危機感を抱いていたそうです。
波佐見焼への依存脱却を目指す矢先に訪れた回収騒ぎ
縮小していく陶磁器業界への依存脱却のために、社長はほかの業種にも対応できるよう営業活動を拡大していきました。なんとか軌道に乗り始めたころ、とある事故が起きてしまったのです。
不可抗力による物流事故が要因で、出荷した商品に不良品が見つかり回収騒ぎになったのです。損害額は約1,000万円で、よかれと思った市場開拓が裏目に出てしまったのです。会社に大きなダメージを与えてしまったことを悔やみ、自分の判断が甘かったことに嫌気がさす…何も考えられない日々が続いたそうです。
しかし、この事故がきっかけとなって、岩嵜紙器は大きく変貌を遂げます。
何のためにこの事業をやっているのか?と自問自答する
陶磁器依存度100%の状況を打破しようと乗り出した新規市場の開拓、そして起きた物流事故。社長は、この事故を不運な出来事という一言で片付けられませんでした。それまでは業績をアップさせようと「量」を追うことに固執していましたが、そのことに疑問を持ち始めたのです。
「量をこなせば本当に経営はうまくいくのだろうか?」
「何のために、この事業をやっているんだ?」
後継者として背負うプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、自問自答を繰り返し、ある考えが見えてきたのは、事故から約1年後のことでした。
「箱づくりは利益を得るための手段であって、会社の目的ではない。自社の強みを活かし、市場や業界で新たな価値を創造しなければ道は拓けない」と考えるようになったのです。
常に顧客視点で市場を考えない限り、モノは売れません。モノを作れば作るほど価格競争に陥り、同業他社との消耗戦を繰り広げ、やがて共倒れします。
モノが売れない理由を「デフレだから…」などと経営者が言うのは、責任転嫁であり、経営者の怠慢とも言えます。
強みを活かして、事業領域を大胆に見直す
社長は同質化競争から抜け出すために、量から質への転換に大きく舵を切りました。企業の論理を優先させた量の拡大から、顧客の欲求を起点にした質の追求に軸足を移したのです。
経営理念と経営目標の見直し
企業のあるべき姿を明確にするために、まずは経営理念を見直しました。
「感動を演出するプロフェッショナル集団を目指し、豊かな社会作りに貢献できる企業であり続ける」という理念を新たに掲げました。この経営理念をもとに、中期経営計画の作成に着手し、経営目標を新たに定めます。
新たに掲げた経営目標
・固定観念にとらわれない自由な発想で、主体的な組織風土を作る
・業界、業種の垣根を乗り越えた仕事をする
事業領域の見直し
事業領域の見直しは、地元の陶磁器業界への依存度を下げる方針を明確にしたうえで、「心温まるギフトシーン」を演出するビジネスプランを立てたのです。
たとえば、それまで地元の商社に頼っていた取引のあり方を見直し、広告代理店や大手商社などとの協働も積極的に進めるようにしました。そうすることで、ハイエンド(高級志向)な顧客も取り込めると考えたからです。
また企画部を創設して、箱を開けたときの喜びや感動を与えられる商品の製造・販売に力点を置くことも決めました。
同社には、長年にわたって培ってきた技術があります。岩嵜紙器の紙製容器は、ティッシュ箱のような簡素な折りたたみ箱ではありません。主力商品は、厚い芯材で土台となる箱をつくり、その上から色つきの薄い紙や印刷紙を包むように糊で貼り合わせた貼り箱(化粧箱)と呼ばれる紙箱です。
製品工程の機械化や自動化が難しいうえ、折りたたみができずにかさばるため、大手のパッケージメーカーは敬遠しますが、手間暇がかかる反面、貼り箱は独特な温かみを感じさせ、高級感を醸し出す高付加価値商品です。
貼り箱の魅力を発信し続けることに焦点を絞って、市場開拓に乗り出しました。さらに、箱を開けるときの一瞬の感動を演出できるようなオリジナル製品を作りたいと考え、自社ブランドの展開も視野に入れました。
岩嵜紙器様は、パッケージメーカーとして商品の質を高めるとともに、感動をキーワードに事業の幅を広げることにしたのです。企業のあるべき姿を見つめ直したからこそ導き出せた答えですね!
陶磁器への依存度が低下し、売上は急増!
成長のシナリオを作成した同社ですが、陶磁器を守るための包装容器しかつくってこなかったメーカーが、あらゆる業種に対応出来る商品を提供するのは容易なことではありませんでした。新規参入する分野では、先行する企業に比べて商品の企画力、価格競争力あるいは地の利において明らかに劣っていたのです。
どのようにして独自性を出し、差別化を図ればいいのかを熟考した結果、難易度の高いデザイン・形状の商品を企画し、それを量産できる体制を整え、勝負しようと決断しました。
社長自ら、都市部で開催される商談会や展示会などに出向き、そこで得たさまざまな情報をもとに試行錯誤を重ねました。そうした努力の結果、次第に顧客からの評価が高まり、受注は拡大していきました。
陶磁器業界への依存度は3割を切り、売上は依存度100%のころに比べると、3倍以上になりました。
いまでは、和洋菓子をはじめとする食品や化粧品など、多種多様な商品パッケージを手がけており、取引先は全国に広がり700社以上となりました!
チャレンジングな取り組みが、生産能力と技術力の向上に
多岐にわたるパッケージ製造は、生産能力と技術力の強化にもつながりました。いまでは、数十個の小ロットから数万単位の大量生産まで引き受けられるようになっています。
また、専属デザイナーが最新式のCADを活用し、顧客のニーズに合わせた斬新なパッケージを提案しています。なかでも、オリジナルパッケージは国内外で高い評価を受け、世界的に有名な専門誌に取り上げられるほどです。
その他にも、インテリア家具として利用できる紙製の収納ボックスや特殊な表面加工を施したクラッチバッグなど、自社ブランドも将来性が期待されるようになりました。自社ブランド製品は、国内の大手雑貨店やインターネット通販で販売しているほか、中国をはじめとするアジア諸国にも出荷しており、好評を得ています。
企業には、必ずこれ以上成長する余地がない安心できる領域である快適ゾーンが存在し、そこに浸かっている限り、チャレンジングな取り組みはできません。多くの企業が足踏みしてしまうにもかかわらず、同社は積極的に成長領域へと進んでいきました。
目標管理の徹底で従業員の意識も変わる
同社の快進撃の中には、ウィークポイントもありました。伝統に裏打ちされた技術力や品質に対するこだわりなどがある一方で、経営方針が浸透していなかったり、部署間での情報共有、コスト意識の欠如もありました。
こうした弱みは、目標管理が不十分であることを示しており、そこで営業会議を通したPDSサイクルの確立に取り組みました。営業担当者を集め、経営理念やビジョン、目標を伝え、売上計画を練り上げたのです。この売上計画は、その後全従業員の前で発表された後、毎月の営業会議で検証・フィードバックされます。
現在「シェア会議」という名称で、全部門がPDSサイクルを回しています。従業員の目標に対する意識は大きく変化し、以前は衰退や斜陽といった言葉が飛び交っていましたが、今では未来に想いをめぐらす前向きな会話になりました。
現在の社長の願いは、「小さな街からでも、全国あるいは世界に影響を与えられるやりがいのある仕事場を提供し、次世代を担う若い人材の雇用を創出したい」だそうです!
成長領域の事業化を成功させるポイント
「何かいい事業はありませんか?」という冗談交じりの本音を中小企業の経営者からよく耳にします。しかし、経営を続けているうちにいいネタが舞い込んでくるだろう、という棚からぼた餅を期待しても簡単に裏切られます。
いいアイディアが思いつかず発想が貧困になったときは、一旦立ち止まって「何のために?なぜ?」という根本的なところから問い直して、方向性や事業領域を考えなければなりません。社長が経験した事故から経営目的を見つめ直した約1年間は、決してムダではないのです。
今回ご紹介した岩嵜紙器様が成功した最大の理由は、事業領域の見直しです。新たな成長領域を事業化する際には、2つのポイントがあります。
<成長領域を事業化するポイント>
・社会貢献性
事業の存続のためには、社会(顧客)からの支持が必要です。それを得るには、「顧客が期待しているモノは何か?」「その期待に応えられる、自社の強みとは?」などを見極める必要があります。そのとき問われるのが経営理念です。
・継続性
事業の継続性に必要なことは3つあります。
ビジネスモデルの構築:同社の場合、貼り箱の魅力を最大限に活かす戦略立案
仕事の組織化:組織全体として取り組んでいける仕組み作り(企画部の創設など)
人材育成:同社の営業会議は、人材の育成の場として機能
さらに付け加えるなら、事業化するにあたっては既存事業とのバランスも考慮しなければなりません。既存事業にリスクを背負う余力がどれだけあるか、この見極めを忘れないようにしましょう。
新規事業ほど優秀な人材を必要としますが、目先の利益を優先して余剰人員を投入するケースもあるため注意しましょう。同社は財務体質が健全であり、適切な人材を登用できたことも成功の要因の一つです。